震災の爪痕が残る街から、テニスで世界一を目指す少女がいます。石川県七尾市の中学2年生、宮下壱那さんです。能登半島地震で練習場所を失い、コーチと離ればなれになるも、笑顔でひたむきにラケットをふり続けてきた彼女。決して恵まれているとはいえない環境のなか、2024年9月、RSK全国選抜ジュニアテニス大会 U-13 北信越地区予選大会で、見事、チャンピオンに輝きました。”あの日”から2年。彼女が歩んできた時間は、挑戦の連続でした。家族やコーチ、テニス仲間、そして地元からのあたたかいサポートに支えられ、彼女が目指すミライとは――。
ラケットを握った日、ミライが動きはじめた
壱那さんがテニスと出会ったのは、小学1年生の頃。ソフトテニスの経験を持つご両親に導かれるように、テニスで遊びはじめたといいます。
小学1年生から遊びでやったりしていました。初めてボールが飛んだときは、めちゃ嬉しかったです(壱那さん)

そして、小学3年生で、硬式テニスへと転向します。世界水準の選手を輩出することを目指し、硬式テニス不毛の地である能登からグローバルテニススクール「Papillon(パピヨン)」を発足させた、花井俊一郎コーチとの出会いがきっかけでした。
これはテニスに限った話ではないと思うんですが、地方からスーパースターが生まれるケースって、実はすごく多いんですよね。僕が能登でテニスのプロジェクトを立ち上げようと思ったのも、「地方からこそスターが生まれる」という信念からです。地方には、変な誘惑が少なく、伸び伸びと自分の世界観を貫ける環境がある。こじんまりした世界観の中でやり切れる――それが、スターを生む土壌になるんじゃないかと思っています(花井コーチ)
チーム発足当初、コロナ禍で市営コートの利用中止に見舞われ、活動も足止めを食らうこともありました。それでも、「一歩動き出すことの大切さを知って欲しい」―。そんな想いから、スクールメンバーを中心に自らが練習するコートを、自らの手でつくったこともありました。鎌や草刈り機での除草作業に、壱那さんも加わりました。

こうしてテニスを本格的に始めた壱那さん。「硬式テニスは、世界のスポーツ」。そうイキイキと語る、ジュニア時代から海外を舞台に戦ってきた国際経験豊富な花井コーチの夢ある話に、彼女のなかにもある”夢”が芽生えます。

コーチに出会って、硬式テニスを始めて、テニスをやるのが楽しいと思ってから、世界を目指そうと思いました。大坂なおみ選手の試合を見て、自分もこうなってみたいなと思いました(壱那さん)
破壊力のフォア。壱那が変えるテニスの常識
能登で芽生えた小さな「夢」―。やがて、花井コーチは「テニスの常識を変えられるほどの可能性」を彼女の中に見出すことになります。

僕自身、海外に長くいて、いろいろな国でテニスをしてきました。その経験の中で強く感じているのが、「世界で戦うには、ボールの出力、つまり、パワーが不可欠だ」ということです。壱那は、そのパワーを備えているところに大きな魅力があると思っています。現代テニスでは「フォアハンドを制する者が、世界を制す」とも言われますが、壱那のフォアハンドには、テニスの常識さえ変えられるほどのポテンシャルがあります(花井コーチ)
*フォアハンド・・・利き腕側で打つ基本的なストローク

対戦相手も思わずひるんでしまうほどの出力の強さとスイングのスピード。壱那さんに自身のプレースタイルについて聞くと、
攻撃的なスタイルでやっています。試合は楽しんで、自分のテニスをしようと思いながら、試合に臨んでいます。楽しさを忘れずにやろうっていう思いがあります(壱那さん)

どんな大会でも、最後まで自分のスタイルを貫く姿からは、自然体をどういう場面でもやり遂げる強さを常に感じます。どれだけ試合で競っても、むしろそういう局面で余計に力を発揮する。いろんな局面でその姿を見てきました。すごいなと思います。世界を感じさせてくれるというか。最後まで打ち切ってくれる選手は、いままで見たことがないです(花井コーチ)
コートがなくても、夢は止まらなかった
のびのび、楽しく、イキイキと――。将来にむけて大きく可能性を広げる花井コーチの指導のもと、着実に成長を重ねていた壱那さん。ところが、大きな試練が待ち構えていました。2024年1月に発生した能登半島地震です。

メインのテニスコートは震災の影響で使用できなくなり、コート駐車場は災害ごみ仮置場と化しました。「Papillon」に残ったのも壱那さんたった一人に。花井コーチも能登から離れざるを得ない状況となり、練習環境を一瞬にして失ったのです。

それでも、彼女は持ち前の明るさを失うことなく、歩みを止めることはありませんでした。花井コーチは、壱那さんの人柄を次のように話します。
天真爛漫というきれいな言葉だけでは収まりきらない、元気さと明るさがあります。周りに振り回されることなく、自分のペースでスタイルを貫いていく。その姿に、みんなが自然と憧れるんじゃないかと思います。それが、彼女のすごくいいところだと思っています(花井コーチ)

そんな壱那さんを応援したいと、窮状を知ったテニス仲間からも支援の輪が広がりました。
震災で地元に練習できる環境がなくなってしまったとき、壱那はテニスで築いた人と人とのつながりに支えられました。同級生の県外のご家庭に助けていただいたり、そのクラブで2カ月間くらいお世話になったり。周りの友達からもお見舞い金をいただいたりとか、「大丈夫?」と声をかけていただいたりして、本当に多くの方に支えられました。あの時のことは、すごく有難かったなって今でも感謝しています(お母さん)

最近は、壱那だけで試合に行くことも増えたのですが、会場で会っても分からない方がたくさんいるなかでも、誰とでも自然に仲良くなってくれて、そこから私たち親同士も輪が広がっていくというか。それは有難いですね。(お母さん)
切磋琢磨しながら、ともに笑い、ともに汗を流して築いてきた仲間たち。壱那さんが、テニスの魅力を素直に語るその言葉からは、人としての成長も感じられます。
テニスの楽しさは、自分が打ったボールが決まる瞬間や、友達がたくさんできることです。(壱那さん)
震災を超え、家族とつかんだ北信越の頂点
震災で練習環境を失っても、コートの上では笑顔を絶やさず、ひたむきに努力を続けてきた壱那さん。さまざまな人に支えられながらも、ご両親との自主練習をコツコツと続け、2024年9月には、U-13 北信越チャンピオンに輝きました。

なんか僕が教えていた時よりも、結果が出ているんですよね(笑)。やはりご両親のサポートがすごく大きかったと思います。そして、壱那自身も、毎日どんな環境でもちゃんとやるっていうことを続けた結果だと思うんですよね。だから、本当に壱那だけに限らず、壱那のご両親も含めた宮下家の努力が、結果に結びついたんじゃないかなって、ぼく個人は思っています(花井コーチ)
決して十分とは言えない能登の環境。それでも、毎日の球だしや練習相手、遠征時の帯同や食生活のサポート、能登では補えない練習環境を提供するために、全国を巡るご両親の存在が、壱那さんを支えています。

試合のときは、できるだけ普段と同じ環境でいられることを大事にしています。遠征ではどうしても外食が増えますが、栄養バランスには気をつけています。試合中はエネルギーをたくさん使うので、間食もしっかり取らないと集中できません。その辺は本人を見ながら、少し口うるさく言うこともありますね。一方で、プレースタイルや考え方は、今のまま自由にやってほしいと思っています。そのためにも、自分の身体を大切にして怪我だけはしないように、あとは楽しく伸び伸びとやってほしい。ただ、それだけですね(お母さん)
世界を目指し、踏み出した第一歩
逆境をはねのけ、一段とたくましくなった壱那さん。”あの日”失ったものもあれば、この2年で得たものも多くありました。こうしたアンコンフォート・ゾーンでの経験が、世界への挑戦の布石にー。2025年には14歳で初めての海外へ。家族と離れ、タイで2週間ほどテニスの練習ツアーに参加しました。
意外と海外の人ともコミュニケーションができたし、自分なりのテニスにあったメニューがあったので、楽しかったです。16歳くらいになったら、世界のツアーを回ってみたいなって思っています。日本の人だけじゃなくて、海外の人ともテニスとか、コミュニケーションをとってみたいからです(壱那さん)

世界を肌で感じてきてほしい――。海外への挑戦に送りだしたご両親も、帰国した壱那さんの成長ぶりを感じる場面があったそうです。
今年の全日本ジュニアの北信越予選のとき、試合前に2週間くらい海外に行っていたので壱那と会っていなくて、どうなって帰ってくるかなって思っていたんですけど。「本人が成長して帰ってくる」って意気込んでいって、戻ってきて挑んだ大会で優勝できたから、それがよかったかなって思っています(お母さん)
壱那さんは、世界を目指し、一歩一歩、着実に歩みを進めています。
いざ世界へ、夢を切り拓く——チーム・イッチーナの挑戦——
26 歳で世界ランキング1位――これが壱那さんの最終目標です。そのために、10代の若いうちから世界に飛び込み、さまざまな環境で対戦相手との経験を積み、可能性を広げる器づくりを目指すというのが、花井コーチが描くプランです。しかし、そのためには、多くの課題も立ちはだかっています。

一般的に、テニスは海外を回らないと、実力がついていかない世界。でも、海外遠征にはお金がかかるし、自分たちだけで用意するのは簡単じゃありません。企業さんやスポンサーさんからサポートいただけたら、そういう環境を用意することはできますが、同時に、本人もやはり結果を出していかないと、サポートを得られないと思うんですね。
だから、壱那も、自分自身がみんなから応援される選手になって、そういうことをコートで表現していくことで、サポートいただける環境が整えば、世界で戦えるチャンスは間違いなくあると思うんですよね。自分の力で道を切り開きながら、企業さんやスポンサーさんに甘えることなくwin-winの関係をつくっていく。そんな形を壱那と一緒に作っていきたいと思っています(花井コーチ)
笑顔の先に、世界が見える―――
最後に、壱那さんに将来の夢を聞きました。すると、

私の将来の夢は、みんなから応援される選手になることです(壱那さん)
テニスで世界を目指す―――能登で生まれた小さな夢は、その笑顔に引き寄せられるように、ご家族やコーチを巻き込み、地域の人々に見守られながら、大きな夢となり広がりはじめています。能登から世界へ。「チーム・イッチーナ」の挑戦は、これからが本番です。

やっぱりテニスって世界のスポーツなんです。だから、テニスを通じて国際人になってもらいたいという想いが最初からあるんですよ。能登から世界の選手が生まれたら面白いじゃないですか、ね?!(花井コーチ)
(元気よく)はい!(壱那さん)

カルキッズ★第2号としてアンバサダーに就任!
株式会社白寿生科学研究所は、宮下壱那さんのさらなる飛躍を応援するため、高カルシウム飲料「カルロン」の提供を通じて、成長期に欠かせない丈夫な身体づくりをサポートしています。この度、カルキッズ★第2号として、アンバサダーに就任いただきました。

カルキッズ★Jump to Future-未来へとむかう挑戦に、カルロンを-
カルキッズ★Jump to Future は、未来(★)にむかって挑戦してゆく子どもたちの身体づくりをサポートし、その活躍を応援するプロジェクトです。夢にむかって全力で挑んでいく子どもたちが、思いきり身体を動かしチャレンジしていくには、丈夫な骨や筋肉といった「身体の土台」が欠かせません。そこで、本プロジェクトでは、カルキッズたちのリアルなストーリーとともに、成長期に欠かせないカルシウムや栄養の知識をお伝えしていきます。